残念なことに、若い頃、仕事を楽しいと思ったことはありませんでした。

最近になってようやく、仕事を含む生活全体で楽しむすべを少し見いだせるように成長したかなと感じるものの、仕事が面白くて楽しいと笑って他人に話せるほどの者になりきれていないのが現実です。
朝、起きれば布団を出たくないし、昼、パソコンを前にしても心がおどらないし、夜、スケッチブックを前にしても何も思いつかない…。ほとんどがこんなことの繰り返しです。ものすごく暗い人間かもしれませんね…。

逆に楽しい瞬間を考えてみることにします。風呂に入っていて、なにも考えていない時に次々に斬新なアイデアが出てくる時、それは楽しいです。余計なコトを考えず作業に没頭している瞬間、これも楽しいです。なにかを達成して自分を思わず褒めている時、これも楽しいです。いろいろと楽しいコトもありますね…。

ただ、仕事において、苦しいコトと楽しいコトの比率を冷静にみると苦しいコトの方が多いのかなと感じてしまいます。とくにモノをつくる仕事においては、飛び越えなければならないハードルも沢山ありますし、常に結果がついてくるわけではなく、時に失敗や無駄も多いのです、学ばなければならないコトもありますし、才能のなさを思い知らされることもあり、心身ともに疲れ果てます。やはり楽しい生活を犠牲にして仕事に勤しまなければならないコトも多いのです。

友人からは、「もう、そろそろ楽に生きてもいいんじゃない?」などと忠告されることもありますが、次に取組まなければならないコトがあるのと戦える場所にいるというということが楽しいコトのように思えてきたのが最近のことなのです。
「見ててあげるから安心して戦っていいですよ。」などと言われると、ホロリときます。

さらりと「仕事が楽しいです。」といってのける人も沢山いますが、「仕事なんて苦しくてやってられないっス。」と言いながら日々コツコツ前進している人達と組みたいなと思う今日この頃なのでした。

6 thoughts on “仕事は楽しくない”

  1. 仕事は楽しくないですね。瞬間瞬間で楽しい感情の時もありますが。最近は特に直接的に人のためになるような仕事がしたいと思います。今はすべてがカブシキガイシャのため。。。去年くらいから、趣味は趣味、仕事は仕事という考え方ではなく、自分の生活をひとくくりとして、その中に”仕事”(金をかせぐ)の時間がある(しょうがなくある)、という感じで考えてます。相変わらずのやる気のなさが感じられますよね~KATA-P先生と仕事していたときが一番良かった気がしますよ。

    1. 何々のためというコトと別次元で
      僕らの労働は存在しなければならないと思っております。
      理想に近づくために何をどうしたらいいか?
      今、考えているところだよ…。
      うまく言葉で表現できないので大好きな詩を紹介しましょう。

      「カワバタさん」

      カワバタさんは一湊林道専門の林道人夫である
      一湊林道専門の林道人夫はカワバタさん唯一人である

      カワバタさんは毎日若草色の軽自動車を運転してきて
      林道の悪所を補修している
      林道の両側の草刈りもしている
      草は刈っても刈ってもまた伸びるし 道は赤土や小石で補修しても補修しても
      ひとたび大雨が降れば元の川底のような荒んだ姿に帰ってしまう
      カワバタさんは終日ものも言わず
      出会ってもニコリともせず
      いつも少しだけ不機嫌な表情で仕事に励んでいる
      というより 人に出会うときだけそういう表情になり 一人の時は無心で山や道と同じ顔をしているのかも知れない
      時には ほうとひとりごとを洩らすかもしれない
      カワバタさんの仕事は 生涯の仕事である
      明日はやめる仕事ではない
      カワバタさんの仕事はシジフォスの神話のように意味のないくりかえしの仕事である

      草は刈っても刈ってもまた生い繁るし
      道はなおしても なおしてもひとたびお大雨がくれば元の川底道に帰るからである
      けれども
      カワバタさんの表情には 意味のない仕事をしている人の苦しみは宿っていない
      やがて死すべき人の何処にでもある日に焼けた 少し不機嫌な静かな顔があるだけである

      カワバタさんは一湊林道専門の林道人夫である
      一湊林道専門の林道人夫はカワバタさん唯一人である

      1. 考えさせられる詩ですね。ありがとうございます。決して意味がないわけではなく、むしろ意味があるというか必要というか・・・そういう意味では”労働”が必要ということなのでしょうか・・・。なるほどといった感じです。ただカブシキガイシャという存在が自分のなかで葛藤を生み出してしまいます。ただ、今の労働が自分にとって何のためかということよりも、自分の労働により家族のためになっているということが今は重要な気もします。うまく言葉で表すことは難しいですね。。。

        1. 本当に難しいです…
          ただ、じっくり立ち止まって「考える」ことは大切なコトだと思います。正解を獲られなくても解ったフリをして生きることはせず、解らないことは解らないままにしておくことも必要かなと思います。自分自身も迷いだらけですし、周りにも悩み多き人たちが多いこと。答えが何処かに落ちていないか、本を読んだり、人と深い話をしたり…、それによって、日によって「考え」もコロコロ変わってしまいます。でも自分の中になにかを蓄えて生きていかんといかんのだな。と己に言い聞かせる日々。ゆっくり行こう!!!

          1. 同感です!!あーでもない、こーでもないは大切ですね。ありがとうございます。

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