スパイラルでの展示昨日無事終了。
二日という短い日程でしたが、濃厚な時間を味わいました。
ほとんど会場に詰めていたので自分の作品の評価は気になるものでして、私と何も関係の無い人たちがどんな見方をしてくれるのか?

ピリピリした人が横にいると観る人も緊張するよ…。と、いつもの相方さんからの指摘があって、なるべくそうならないように、気をゆるめるよう、努力してましたが、たぶん相当ピリピリオーラを出していたと思います。

ほとんどの人々が自分の作品を無視して通り過ぎる…そんな中。
「作家さんですか?」と
勇気を持って話しかけてくれる方々は、作品から何かを発見してくれている雰囲気がありました、おそらく自分で探った感覚の同意みたいなものを得たいのかなー。とか何を考えてここにたどり着いているのかなー。とかその方々それぞれの興味があるのかと思い。逆に
「何を感じられましたか?」と
コチラからも投げかけてみたり…。そんな対話と極少数でも興味を持ってもらえた事実は、やっている価値があり励みになるわけです。

“コンセプトが明確であることが賞を与えるうえで必要なのだ”といったような講評がありました。確かに“理解する”という感覚は、初めて方程式が解けた時のような快感を芸術に持ち込み、美術館の運営とかなにかにはとても重要なことなのだろうな、ということを思い知らされました。若い志しのある人がそのコンセプト探しとそれに見合う表現方法を追い求めていることも実感としてわかりましたし、自分の作品を観る多くの人がなにか理解を求めていることもよくわかりました。

しかし、歴史をふり返り過去偉大な作品を残している作家達は、自分の心に従って制作している場合、自分の作業は多くの人に理解されなかった方も多いと思います。幅広い人に理解されるまでには時間というものが大抵は必要なものなのです。ですから無視されることも価値のあることなのです。

などと強がりを言っていますが、実は大きく凹み、たくさんの課題を収穫できたつもりでおります。

ご来場くださり多くの気高い言葉を与えてくれた方々、貴重な場と運営にたずさわってくれたスタッフの方々、それと久しぶりの偶然の再会に感謝いたします。

どうもありがとうございました。

 

2 thoughts on “SICF13_06”

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