若者達と話をしていて、“あぁコイツこの本を読んだらいいのになぁ”と脳内の図書館のドアが突然フラッシュバックのように開くことが最近数回起きました。心の底から忘れていたのにちょっとしたきっかけでよみがえる、人間とは不思議なものです。そして「この本を読んどいた方がいいよ」と偉っそうに説教まじりで勧めたりするのですが、よく考えると、もうその本が書かれたのか何十年単位で古い本であることが発覚…。

年をとるとはこういうことなのかもなぁとしみじみしながら、ネットでその本を検索すると当然のように絶版になっていました。それはそれで、最近はどんな本を書いているのかなぁと、その著者の近作を調べてみると自分が読んでいた時代よりさらに洗練されたものになっており“コチラを勧めるべきだったかなぁ”と少し後ろめたさはあるものの、新しい本を取り寄せて、近作を読んで時代の流れを感じることもよいものだなぁとしみじみしたりするわけです。

さて、前回、自己分析について少し書きましたが、その手の本を読んでいて“教える”と“指導する”は、別人格の行いなのだというコトを発見しました。自分は明らかに“指導する能力”はゼロだけども、“教える”という方は少しは自分の領域に入るコトのようなので、お節介と知りつつも若者をつかまえて、ちょっかいを出していけるオッサンになりたいと思う今日この頃ではあるのですが。

若者に「片平さん、あの本、読みました?」などと聞かれたりするのが実は大好きだったりするのです。
「読んでいないからスグに読むよ!」とすっごく素直だったりするのです。

実は教えられることの方が好きなのかもしれませんネ。

ちなみに指導されることは大嫌いです…。

めんどくさいヤツでスイマセン。

 

2 thoughts on “旧作新作”

  1. 自分に当てはめてイメージしてみました。仕事では教えられてもいいけど、指導されるのは嫌いかと。ただし、サーフィンやスノーボードでは両方ともありかと。ということは、自分が熱心に取り組んでいることに対してはオッケーで、熱心に取り組んでないことに対しては嫌なのか→やっぱり仕事には熱心に取り組んでいないってことが改めて判明しました。ありがとうございます!

    1. 書き込みアリガト。
      たしかに、スポーツや音楽は、いい指導者に出会えるコトはラッキーなことかもしれませんね。
      でも、仕事では、背中で教えられることの方が絶対に身に付いているヨ。
      と、勝手に思っている。

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