今日も、ブログを読んでくれてアリガトウゴザイマス。

「ブックマークしていつも読んでますよ。」とか云われてしまうと。嬉しくてしょうがないのと、もっとしっかりとしたコト書かなくちゃナと振起させたりもするのですが…人それぞれ才能というものがあるわけでして、作品同様、文章表現にも向いていないなぁとヘコんだりもするわけです。

まぁでも。与えられた才能で頑張るしかないのでありますょ。

昨日の続きですが「アートは、“思い”で、デザインは“思いやり”なのだ」という言葉。数年前、似たようにアートとデザインについて、勤め先で議論した時に「アートは“問い”でデザインは“解く”」という結論に達しました。そして今。何かをつくるコトには“アート”と“デザイン”の両輪を働かせて仕事と向き合っていかなければならないのです。

さらに最近の私は、アートは“美学”。デザインは“モノづくり”。という言葉に置き換えて、積極的に使っています。アートやデザインという言葉に何か嫌悪感を抱いてしまっています。それは、両者ともに「○○のために…」とか「評価や価値…」とかの目的意識にどうもにも馴染めなくなってしまっているからです。“美しい”とか“モノが存在する”とか、ただそこに在るだけの純粋性をたどっていきたいと思っているのです。

1年前にそんなことを思い。新しく「defines.jp」というサイトを立ち上げました。

コチラの「t-katahira.com」は、“問い”や“思い”。「defines.jp」は“解く”や“思いやり”について、自分の中で整理して書いていきたいと考えたからです。

モノづくりに関わる人とそれ以外の人の間には、大きな飛び越えられない深くて黒い溝があります、そこに橋を架けることは不可能でしょう…。でもコチラ側に大きな看板を立てて向こう側からみえるような努力は必要なのです。そして、まだ若くて溝が浅いうちだったらコチラ側に渡ってくることも可能かもしれないし、モノづくりの現場で理解と平和を導くことも可能かもしれないからです。

というわけで今日は宣伝ですが是非「defines.jp」も応援よろしくお願いします。

http://defines.jp/labo/

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