静寂と沈黙

今日もまったくくだらん日常を生きています。
数日前に起こった劇的な出来事などは、すぐに忘却棚にしまわれてしまうことに悲しみを感じています。
そういえば最近、感動を人に伝えることなど滅多になく…。

「金儲けで忙しいのに、いつまで、そんなもんに浸って酔っているのですか?」といいたいのでしょう。
でも「舞踏ってやっぱり凄いよ!」

“舞踏とは命がけで突っ立った死体である”

「そんな身体を見たことあるかい?」
「そんな理想を胸にしまい、生きている人がいることを知っているかい?」

数日前、私はみたのです。

ニョキっと闇から突然に現れた2体の突っ立った死体。激しい動きとは正反対の物体。肉質は失われ彫刻のような空間。私は息をのみました。その迫力に圧倒され、スゲー境地だ!と思わずニヤケてしまいました。「停電の夜から」という舞踏公演中のことです。

舞踏は、筋肉や皮膚の動きで表現されます。それを脳内の図書館の中にある映像や言葉に照合させ、身体から放たれる連続した陰影から物語りをつむぐのです。

皆が息を殺して、カラダの微細な動きを眺めてました。ある者はうっとりとした表情を浮かべ、ある者は目を細めて遠くを見るように、ある者は手をアゴにあてて、ある者は腕組みをして。

私はその日、同じ空間でノイズを出していました。
そして、まだ公演は続いているのに、出している音をパタッと全て消しました(台本があった訳ではありませんョ)、
そして小さなLEDを一つ一つ消していきました。完全暗黒。

まるで、時間を巻き戻しているような感覚。今日に至る道のりの最初には闇。そして蠢きがあり光があり音があり“いのち”がわき上がってきたのです。

開かれた静寂と閉じた沈黙。清々しい静寂と重々しい沈黙。それらにまみれることの美しき肉体よ。

「踊りって易学みたいなものですよ。」

コロがっていく時代や場所によって出てくる結果は全て違う。
21世紀にも舞踏は生き続けているのだ。ザマアミロ!

そして友よアリガトウ。

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コメント

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    • HT
    • 2015年 4月 11日

    センキュー、兄弟

      • Takayuki Katahira
      • 2015年 4月 19日

      サンクス!またよろしくお願いします。

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