共振

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私はすごい勢いで感じています、五感を通して入ってくるものと元々オノレの中に埋もれている細胞的感情が共振し心にうつしだされるものは、色やカタチも音程も手触りもニオイも味も全てがあいまいで、言語化したり視覚化できるものは、ほんの一部分にすぎず人に伝えられるものは更に眇眇たるものなのであります。

 
人は、見えないものを一生懸命に見ようとします。それは何故か?好奇心という言葉で片付けてしまうのは単純すぎます。眇眇たる痕跡ともいえる創造物が語りかける美味をしってしまった罪深い猿が身につけた習性なのではないでしょうか。

 
ここ数年、音と向き合っています。「私の悩みは、聴衆は音楽を求め、演奏家は音を求めるということだ。」ちょっと前に少しおかしなギタリストがマイクを手につぶやいていました。それを見ていた私は、この人、神様だなと思いました。

 
時代はどんどん、人々の多くを聴衆や鑑賞者から創造者へと作り替えていっています。音楽は音へ、絵画は色やカタチへ、どんどんとその姿を変えてきています。心にうつしだされるものは、抽象化された形而上のものであることに変遷してゆくことは人類の進化であるのだと現代美術や現代音楽などを肯定できるわけであります。

 
入ってくるものと内面との共振はいかにおこるのか、舞踏などをみるときに感じるのですが、肉体は常に動きつづけ、心臓が止まることなどないのに、一瞬のカラダの煌めきで宇宙の全てが感じられるような瞬間があります。共振を哲学的に説明するまで至らないのですが、「細胞的感情の共振とは一瞬の出来事なのかもしれないなぁ。」と考えるわけであります。

 
そんなわけで宣伝ですが、11月14日の土曜日、おそらく19時半ぐらいから、阿佐ヶ谷のYellow Visionというところで音のパフォーマンスします。
「一瞬の共振」をつくれるかどうか?まぁがんばってみます。是非!

31. 10月 2015 by Takayuki Katahira
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