幸せ

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ぺぺは、言ったそうです。
これまでで一番幸せだなと感じたことは何でしょうか?「ずっと長い間、収監されていたから、外で雨に打たれるということができなかった。初めて釈放されて、私は、雨の中を濡れながら歩いていた。やがて、その雨のしずくが顔を伝わって口を濡らしたとき、本当に、幸せだと思ったんだ。」

 
何かとても美しい光景が広がってますよね。

 
私が、一番幸せだと感じたコトは何だったのでしょうか?想いをめぐらしてみますと感じているコトって本当に沢山あります、でもこれが一番だと言い切れる瞬間があったかといえば、ぺぺのような大きな転機は訪れていないようです。

 
最近、話をするうちに「幸せ」に話題が転がってゆきました。毎日々、好きでもない仕事に忙殺されて楽しい時間なんてほんの少し、将来に対しても希望が持てないし、まわりと比べれば劣等感に苛まれていて幸せを感じる余裕が持てないとのコト。それは、人ごとではなく、私もまったく一緒なのです。さらにコチラの思考はどんどんと停止してゆく一方、この年になっても不毛な無限ループから抜け出ることができない、ほとんど先は無い。と自虐的なことを上乗せしてしまうありさまなのです。

 
まわりを見渡せば幸せそうな人ばかり、カフェでPCを開きバリバリと働いている人たち、笑顔で楽しそうにおしゃべりをする人たち、誰かとつながってスマホをいじる人たち、大きなブランドの紙袋をぶら下げて歩く人たち、皆、満たされて幸せそうに見えます。自分も外から見ればきっと幸せなのですよキット。でしょ。「幸せは、あなたが気づかないだけ、もう幸せなのですよ。」「みんな小さな幸せで満足して生きましょうョ。」と思わず自己啓発チックなことを口にしてしまいそうにもなるのですが、ちょっと待って下さい、それで問題は解決しません。

 
そんなに不幸でもないけど、そんなに幸せでもない感じがしますよね…。きっとこれは幸せってことだよ。と自分に言い聞かせて、頭で理解してもダメなのです。幸せは感じるものだから。

 
では、幸せを感じるために何をしたらよいのでしょうか、やはり努力や戦いは必要なのではないでしょうか?ぺぺだって壮絶な戦いの中から得た幸せで多くの人を導いています。何もしないで幸せであることなどあり得ないのではないでしょうか、共感できる人々、自由に活動できる環境、そして心から生まれる笑顔、それらは幸せへと導いてくれる条件かもしれません。でも約束されたものでもありません、それらと積極的に関わってゆくことこそが必要なのです。そう思います。

 
まぁ、そんな訳で、幸せのために影でコソコソやってますよ…。邪魔されないようにネ。

06. 6月 2016 by Takayuki Katahira
Categories: 日々のコト | 2 comments

Comments (2)

  1. 「幸せって何か考えること自体、余裕があって幸せな証拠だよ」とたまに自分に言い聞かせてはごまかして、、、そんな日々を繰り返していることに気づいた今日この頃。まさに今こそ甘やかさず、ごまかさず、努力と戦いを放棄せず、考え動くことが必要なのかもしれません。終わりの見えない五月病もムダではないと思わせてくれてありがとうございます。とりとめもなくごちゃごちゃ絡まっていく思考を受けとめ、考えるヒントをくれる方がいることに幸せを感じました。

    • も。さま アリガト。オッサンも幸せ感じとります。しっかし、ホント「幸せ」って難しいですネ。でも不幸を「悩む」のではなく、幸せについて「思考」するということは、とても健康的ですよ!青空の下で考えるもよし、暗い部屋で考えるもよし、哲学者のように思考を重ねるもよし、詩人のように感じるもよし、芸術家のように没頭するもよし、登山家のように一点を目指すもよし、愛するひとに与えてみるもよし、奪ってみるもよし… いろんな立ち位置でみてみるですね。キットいろんな自分がいて、いろんなコト感じているハズ。人間様って不思議だぁね…。

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