転換期

 
先日、対話とは相手を「否定」しないことだという話をした際、それは、受け入れて私が変わらなければいけないということでしょうか?という質問を受けました。いや受け入れるのではなく、自分とは違う、そういう人がいるのだということをまず知ることが大切なのだよ。相手に対話の意識が無いんじゃ話にならないけど…少なくとも相手に対話の意志があるのであれば「否定」はしないよう気をつけた方がいいと思う。と答えました。

 
この世は、相手が自分と同じ価値観や理想を持ち、自分のようになって欲しいと願っている人がとても多いと実感しています、特に見下している者に対しての価値観を押し付けようとする姿には辟易とします、そんなに自分を愛せる人が羨ましい。そういうことができるのはマジョリティーでマイノリティーは、自分の存在に対しての問いが尽きないそうです…。さて、あなたは、どちらでしょうか?

 
誰しもが自己を冷静に観察し真価が判断できていれば、そのような押し付けはできないと思うのです。私も自分の真正基盤がどこにあるのかを常に考えています、過去の価値観を棄て去り現在進行形の話がしたいのです。過去に比べ現在や未来について断言できることなどほとんど無いんじゃないでしょうか?常識と呼ばれるものも揺らいでいます、道筋も見えません、そんなモノゴトを報告せよ!と言われたところで、うまく出来るはずがありません。誰しもが理解出来るように、うまく伝えることができなければダメ人間の烙印が押され、仲間はずれにされ、排除され、攻撃されるのです。

 
でも、私もこの時代に生きているわけですから完全に抹殺することなどできないはずです。皆が同じ考えを持つことの恐怖の方が大きいのです、わかる人だけがわかればいいと思っています。でも、本来、わかりにくい事柄をわかるべき人がわかっていないのは問題なのです。

 
ですから、私の話もわからないでしょうが「否定」から入らず、時には耳を傾けて欲しいなと思うのです。今、生きている時代は、大きな転換期であると感じています。そして、それにともなう混乱が出現している時代なのだとも感じています。だからこそ、いろいろな人の話を深くきき、他者の受け売りではなく、自分の心で判断できるような人がひとりでも増えてくれるよう、自戒の念を込めて、語り続けたいと思ったわけでした。

 
では。

01. 2月 2017 by Takayuki Katahira
Categories: 周辺のコト | 2 comments

Comments (2)

  1. お久しぶりです。SHYN@札幌です。
    ふと思い出し、久しぶりにブログにきました。

    そして同感でしたのでコメントしました。

    ワタシも色々な価値観、発言をする人に対しては「色々な人」がいるなぁっていつも思うようにしており、いわゆる「人それぞれ」もしくは「人は人 自分は自分」と思っております。
    自分とはジャンルもしくはスタイルが違うんだって思ってます。

    先日40歳をむかえてしまい、人生折り返しの時がきました。
    片平さん含め、ワタシの尊敬する限られた先輩方のスタイルを尊敬しながら、これからも生きていきたいです。

    • オォ!久しぶりです。しばらくの放置プレイ失礼いたしました。んん、スタイルって言葉。いいね。
      まさに意志のスタイル。オラも歳を食いましたが、まだまだ修行が足らんのだろうなー。
      追いつかれんようにぶっちぎっていく所存でありますので、
      たまに、まとめ読みしてくだされ!書き込みありがとー。

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